■赤塚不二夫先生
20代半ばに新宿歌舞伎町のある飲み屋で知り合った。
周りにたくさんの人がいたけど何故か紫文にだけ遊びにおいでと電話番号を教えてくれた。
怖い物知らずだったので怖いけれども伺った。
手みやげを持ってったら
「こんなもの持ってこなくてもいいんだよ。気軽に遊びに来てくれればいいんだ」

それ以来なにかというと赤塚先生のところに遊びに行った。
「お笑いスター誕生」や「仮装大賞」などにも連れて行ってもらった。
タモリさん、所ジョージさん、山本監督、アラーキーさんらにも会った。

「仕事やめちゃったんですよ」と言ったら
「なんで相談しないの、友達じゃないか」
といわれた。
「え〜」友達だったのか〜!!!!!!!!!

三時くらいまで飲んでいつも赤塚先生の家でみんなでごろ寝。
朝十一時くらい(って朝じゃないか…)に起きてみんなで焼き肉屋に行く。
たくさん注文する割に先生は何にもたべないで焼酎を飲んでばかり。
「全然食べないのになんで焼き肉屋に来るんですか?」
と聞いたら
「この時間から飲めるところがここしかないのだ」

いつもみんなで酒飲んでバカをいっていたが冗談にはきびしかった。
適当に冗談を言っていると
「冗談は真剣にやれ」
と必ず怒られた。
これは残った。
そう冗談は真剣にやるもの。
真剣じゃないものはおふざけなんだ。
いろいろなことを教わった。

そのころは寄席芸人になろうと思っていたわけではないけれど芸人になったのは赤塚先生がいたから。
赤塚先生の所へ遊びに行かなければ寄席芸人としての紫文はいなかった。
赤塚先生が一番初めの師匠なんです。

「冗談は真剣にやれ」ですよね、先生!

(写真は紫文の羽裏)

 

■紫文の三味線 その壱
紫文が常磐津やってるときに譲ってもらったもの。

知らないで譲ってもらったのだが(譲るといってももちろんお金は相応に払いましたよ…)実はこの三味線、元の持ち主は、常磐津三味線の名人、人間国宝の故常磐津菊三郎師匠の物!

その菊三郎師匠が、気に入っていた三味線が紫文の所に
来てしまった。
さすが良い道具は持ち主を選ぶんだね…
(ごめんなさ〜い、うそです…

この三味線をはじめて歌舞伎座に持っていたとき、立三味線のK師匠(菊三郎師匠の弟子)が、
「ウチの師匠が弾いたときにはその三味線、そんな変な音はしなかったな…」

ごめんなさい…

そんなわけで名人の三味線がウチにはあるわけです。

 

■紫文のこだわり「車」
紫文の好きなの車は、なんと言ってもガキの頃乗っていたライトウエイトスポーツ、フィアットX1/9。

イタリアのカロッツェリア、ベルトーネのデザイン。
トップがワンタッチではずれてオープンカーになる。
(今ではスイッチ一つで格納されちゃうから隔世の差)

小型ミッドシップなので俊敏に、思うように車が動く。
市販の車でこれ以上の操作性の良い車はほとんどないんじゃないかな。
ワインディングロードなんて楽しくてしょうがない。
エンジンが小さいので加速は物足りないが、気持ちよく廻るエンジンはイタリアらしく小気味が良い。

「とにかく乗ってて楽しい!」

乗った人じゃないとわからない車。
日本じゃ絶対作れない!

ただ問題もある。
真夏はアイドリング中にすぐエンスト、真冬はエンジンがかからない。
激しい雨にはワイパーが止まる。
(なんのためについているのかわからないワイパーである)
元々電気系統が弱いのと防水のパッキンが甘いのダブル。
防錆がいい加減なので梅雨をすぎただけでボディ下部にサビが浮いた。
ディーラーに文句を言ったら「イタリアは雨降らないですからね」で終わり。

さすがはイタ車。
日本じゃ絶対作れない!

でもこれもみんなかわいいものなんです。
エンジンがかからなければかからないで「今日は機嫌が悪いなあ」とナデナデしてしまう。
かかればかかったで「今日は機嫌が良いねえ」と自分もご機嫌。

X1/9は当時も滅多に走ってない車だったけどそれ以上に希少な車に改良した。
部品交換したくても手に入らないので、名古屋の会社に輸入してもらったりもした。
ヨーロッパ仕様の軽量バンパーからABARTHのエアインティーク・カムシャフト/ANSAのマフラー/CROMODORAのマグネシウムホイール/等々、お金と手間がかかったけど自慢ができる車に仕上がっていた。
(もちろん排ガス規制の触媒などは撤去していた。違法でした「ごめんなさい」)

機会があればもう一度乗りたい。

★フィアットX1/9(イタリア・フィアット1972〜)
写真は紫文が乗っていたものと同型車でネットから探した物。
自分の車の写真を載せたいのだけど残念ながら引っ越しの時になくなってしまった。

今は車と遊ぶ時間がないので車はただの足。
今乗っているのはベンツAクラス(写真)。

高いだろうって?
それがそうじゃないんです。
信じられないくらい安〜い。
なにしろお金がないので
「マーチの中古で程の良いものないですか?」
「マーチじゃなければいけないですか?」
「いやそのていどの車で、そこそこいいなら車種は絶対じゃないので」
「じゃ、その予算でベンツのAクラス買えますよ」といわれて
「ホントですか〜!じゃあそれ、それ!それでお願いします!」ってな感じで決定。
ふつうそうするでしょ、それなら。

実をいうと紫文はベンツが大嫌い。
成金か○○○みたいだから。
時計で言えばローレックスみたいなもの。
いやですよ、他にも良い車たくさんあるもの。
ドイツ車よりフランスあたりの車のほうが日本人向きだと思うな。
ただ向こうのいいセダンが入ってこない。
売れないから。
紫文はイタリアかフランスの車がいいな。
話はそれたけど、じゃあなんでベンツなんだということになるけど、ま、紫文はこのAクラスはベンツだと思ってないので。

だってベンツじゃないでしょ、これ。
 
成金とか○○○の人もこれはベンツだと認めないだろうし絶対乗らない。

それに車自体も欠陥品じゃないかと思うくらい良くない。

アンダーパワーでどうしようもない。
ミッションがだめ。
足回りのバランスが悪い。
ステアリングの取り回し悪いし。
シートやサイドミラーなどの位置関係が悪い。
突如パワーウインドーが動かなくなる。

どこがベンツじゃ〜、ワレ。


大間々へみんなで行ったり、道具運ぶのにミニバンも欲しいけどねえ…

まずは稼げるようにならないと…

 

■踊り その壱
これは清元の「お祭り」

場所は国立小劇場
もう踊ってないのでたぶん最後の写真になるかな、きっと
紫文42才

(リサイズして画像がつぶれているので写真をクリックした後の画像を、もう一度拡大してください)

 

■モデル
紫文が唯一モデルをしたときの写真
スズモといったかな、寿司の自動握り器を作っている会社のカタログに使われた物
紫文32才

上の写真では着物が少し寸が足らないし…
下の写真は赤い色がついてるし…(どうしたら修正できるんだあ〜)
状態が良くない…

(リサイズして画像がつぶれているので写真をクリックした後の画像を、もう一度拡大してください)

 

■踊り その弐
これは長唄の「都風流」
場所は国立小劇場
紫文27才

 

■紫文20才(の頃だと思う)
これは軽井沢で焼きそばを食べてるところ。

時代だねえ。
いかにもフォークギター弾きそうな格好。
ま、一応弾いてたんだけどね…。

そうそうこの頃なんだけど、あるとき家にミシンのセールスが来てね。
玄関で紫文が応対に出たんだけど、ミシンのセールスだっていうんでめんどくさいから母を呼んで、
「申し訳ないですがミシンは必要ないんで…」
「こちらのお年頃のお嬢さんに、是非一台…」
「すみません、この子、男なんですが…」
「えっ!す、すみません、も、もうしわけありません…あやふやあやふや…」
「いや、いいんですよ、みんな間違えるんだから…」
ってなわけでほうほうの体でセールスマン帰っちゃった。
「しかしさあ、さっき二人でしゃべったじゃねえか、声でわかるだろうって…」

よく女と間違えられた。
というよりしゃべるまで女だと思われていたことのほうが多かった。
でも、そういえばコンサートのとき弾き語りしてたのに「生意気な女がやってるなぁ」と思っていたと先輩の彼女が(のちに先輩の女房になってから)言ってたこと思い出してしまった。
そうだよ、弾き「語り」だよ〜。
いやな思い出思い出したなあ…。

 

■紫文のこだわり「自転車」
写真はプジョーのパシフィック。
(ハンドルとシフトが変更してある)
これはドイツのBD−1という自転車、つまりコピー。
(イタリアのビアンキも同じコピーを作っている)
でもあきらかにBD−1とパシフィックは違う。
同じなのに違う。
ぜんぜん違う。
一言でいえばそう、BD−1は色気がない。
高性能な機械、マシーンという感じ。
「おれはドイツだ」という感じかな。
これはこれで好きな人いるんだろうが紫文はダメ。
プジョーのパシフィックはおしゃれ。
色気があるし遊び心がある。
やっぱ遊び心がないとダメ。
遊び心がないと友達になれないんだよな。

2番目の写真は、やはりプジョーのCOM−30「レポロ」。
プジョーの最終年に出た最後の新車。
「最後の」の言葉に負けて購入。
街乗りの小径車なのに以外に速い。
段差ではねるのが欠点。
そう思っていたら「レポロ」ってエスペラント語で「ウサギ」の意味らしい。
やっぱ作った奴はわかってる…

それで最後が、これぞプジョーの街乗り車「コリブリ」。
とにかく街にあうおしゃれな自転車。


で、みんなプジョー。
子供のころからのこだわりだからしょうがない。
で、ミニベロ、小径車ばかり。
走り屋じゃないからレースするわけでもないし。

街中を楽しく走れればいい、そんな自転車が好き。

こんな車ばかりだと、なにがプジョーだと、走り屋さんから怒られそうだが、これらも十分速い。
東京の街を楽しむには十分な速さ。
これらで高円寺から上野、浅草あたりまで楽に走れるんだから。
もっと速ければと思う時もあるけど、危ないよ、東京は。
ロード車は東京には向かないってのが紫文の持論。
速い車も欲しいけどね。
このくらいの速さが一番いい。
これ以上速いと街の色が見えないもの。

街乗りは、街を楽しまないといけない。

 

■紫文と自転車
自転車が好き。

おじさん(といっても親父のおじさん)が町内で自転車屋をやっていた。
いまでも息子さん(といっても当然ずっと紫文より年上)が頑張ってやっている。

いつも自転車を見ていた。
いつもパンクを貼ったり、修理するのを見ていた。
いつも勝手に道具を使って遊んでいた。
もちろん自転車で飛び回っていた。
もちろん誰より一番いい自転車に乗れた。

あるとき自転車をいじっていたら
「プジョーの自転車はいいぞ」とおじさんは言った。
「どういう自転車なんだろう…」と紫文は思った。

車に乗るようになって頭の中から自転車は消えてしまっていた。

東急ハンズで初めてプジョーの自転車を見た。
偉そうにつり下げられていた。
カッコよかった。

おじさんの言葉がよみがえった。

値段を見た。
一番安いので15万もした。
高すぎる、買えない…


時はすぎ紫文の頭の中にプジョーのョーの字も消え去り、三味線を持って飛んで廻っていた一昨年、新聞紙上に小さな見出しが、
「プジョー本年限りで自転車生産中止」

うぉぉおおお!
プジョーが、生・産・中・止・〜・!

これはなんとかしなければ…
手に入れないと紫文の青春に決着が付かない…。

よ〜し、買うぞ〜!

 

■紫文の「お!シャレ?」
ルイヴィトンの三味線ケース。

といっても紫文はルイヴィトンが好きなわけではない。
それ以前に高くて買えないよな。

これはいただきもの。

昔、母の店を御贔屓にしてくれたお客さんから買っていただいたもの。
もちろん紫文も子供の頃から知古の間柄。
(30年以上前にお年玉1万くれた人…)
その社長が数年前、東京に来たときに紫文の店に寄ってくれた。
(年取ったなあ…)
一緒に来た若い彼女が社長から買ってもらったばかりのヴィトンが入った手提げ袋を持っていた。
(若いなあ…)
それを見て紫文が一言。
「社長、紫文は三味線がルイヴィトンのカバンから出てくるってのをシャレでやってみたいんですよ。面白いでしょう?」
「いいねえ、それは面白いねえ、そのシャレ乗った。お前の母ちゃんにはずいぶん世話になったからな」
と社長。
しかも値段のことなど一言も言わず。

さすがは遊びがわかっている人は違う。
女だけに金を使うわけじゃない。

てなわけでルイヴィトンの三味線ケース。
これは紫文のオシャレでなくシャレ。

だって面白いだろ〜、ヴィトンから三味線が出てきたら…

 

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