■紫文の本
●都々逸のススメ

紫文初著作


好評につき、三版になりました!

発 行 創美社
発 売 集英社
価 格 1500円+税

●日本人沈没

発 行 主婦と生活社
価 格 950円+税

●華より花

著者/みな子

発 行 主婦と生活社

紫文が師とあおぐ、吉原最後の芸者みな子姐さんの一代記。
企画・原案から執筆まで紫文が担当しています。

発 行 主婦と生活社
価 格 1300円+税 

 

■柳家紫朝
二代目「柳家紫朝」平成22年4月26日没

紫文の師匠です。

新内では「鶴賀喜代太夫」
あの文楽の一門で「桂二三夫」
文楽の死後、小さん門下に移り二代目「柳家紫朝」

世が世であれば「昭和の名人」であったことは間違いない。
「粋曲」という言葉は紫朝のためのもの。「紫朝の前粋曲なし」、紫朝の後に粋曲なし」と、紫文は思う。


 

■東京ガールズ T
紫文の弟子、小糸、小夏で結成された邦楽ユニット。

演芸から邦楽ライブまで、三味線音楽をエンターティメントに楽しませます!

NTV「笑点」、NHKTV「笑いがいちばん」NHKラジオ「わが人生に乾杯」、JAL名人会、等に出演。


所 属 : 落語協会所属・ボーイズバラエティ協会所属


 

■東京ガールズ U
舞台やパフォーマンスの状況により、玲子、廉など他の弟子や、紫文も加わったワイドバージョンの東京ガールズも

写真中 久和玲子
写真下 比佐 廉

 

■柳家 小糸
紫文の一番弟子。

本 名 : 田口 愛(たぐち あい)
出 身 : 愛媛県南宇和郡
誕生日 : 2月10日

1994 入 門
2004 柳家小糸となる。

 

■柳家 小梅
紫文の二番弟子。

本 名 : 岡島 麻里子(おかじま まりこ)
出 身 : 東京都杉並区
誕生日 : 11月13日



1995 入 門
2004 柳家小梅となる。

 

■柳家小夏
紫文の三番弟子。

本 名 : 船橋 千佳子(ふなばし ちかこ)
出 身 : 新潟県新潟市
誕生日 : 12月8日

2004 入 門
2007 柳家小夏

 

■柳家三亀松師匠
寄席の音曲というと必ずでてくるのが柳家三亀松師匠。
というより三味線の演芸で名前が知られている唯一の師匠である。
日劇の公演では、入場を待つお客が日劇の周囲をぐるり三周したという(三味線の演芸ですよ!)伝説、公演が終わってそのままテケツ(チケット売り場)から売り上げをわしづかみにしていっても(所属の)吉本からなにも言われなかったとか、逸話にことかかない師匠。

といってこれはあくまで聞きかじり、もちろん紫文は面識はない。
同じ寄席の音曲をやっていても、紫文にとっても伝説の人であっていろんな意味で遠い人である。

平成17年の春に母を連れて箱根に行った。
ま、親を連れての旅行なんてなさけないことだがこの歳で初めて。
そんなことだから、母をどこに連れて行っていいのかもわからない。
それで場所、旅館は旅好きの知り合いからのオススメで箱根の「環翠楼」という古い旅館に決めた。

その環翠楼について、帳場をぬけ、部屋に行こうとしたときふと大入りの額が目に入った。

なんでかわからないが目に入った。
え、なに…
柳…、家…三…亀松…、
柳家三亀松、え、え、ええ!柳家三亀松、師匠、だ、よ〜!

なんで目に留まったのか、…なるほど、目に留まるわけだ。
いつも目にしている「柳家」という文字、そしてなんと「三亀松」の文字。

瞬間に認識しているんだ、自分に関係する文字、物を。
ふつうの人なら絶対目に留まらない、これは。

しかしなんでここに三亀松師匠贈の大入りの額が!?

すぐ帳場にもどり旦那さんに
「自分はこの額を送った三亀松師匠と同じ柳家の名前で、同じ音曲の芸人をやっているんです。
なんで三亀松師匠の額がここにあるんですか!?」
と聞くと、
「それならオヤジが…」
と、呼ばれてでてきた大旦那がゆっくりと語り出す。
「戦前から師匠には御贔屓いただきました。『新婚箱根の一夜』というお話をご存じですか?(三亀松)師匠の『新婚箱根の一夜』はウチ、ここでつくったんです」

「新婚箱根の一夜」、
今は知らない人がほとんどだろうが、
これは三亀松師匠の出世作。

師匠はこれで世にでてスターとなった。

そのネタを作った旅館に同じ音曲師をしている紫文が知らずに泊まりに来た…。

こんなことありえない、なんという偶然、運命なんだろう…。

ありがたいことである。

やっぱり紫文は音曲をすることになってたんだ。

そして学んだことは「親孝行はしないといけないんだな…」

そして平成18年秋、大阪で初めての高座。
朝日新聞が記事にしてくれたのだが紫文の顔写真の上には何故か三亀松師匠の写真。
米朝師匠がコラム「口まかせ」で三亀松師匠を取り上げていたのである。
紫文の記事とコラムで三亀松師匠のことが同時に取り上げられたのが記者の意図であっても、旅館での一件まで知らないのだからこれはこれでまた不思議な縁。

紫文は柳家でも三亀松師匠の系列ではないし、三亀松師匠にあこがれているわけでもないんだけねえ。

不思議…

 

■ミスタードーナッツ
ミスドへよく行く。

紫文が住んでいるのは高円寺。
もちろん高円寺にもあるのでときどき利用するがたいていは寄席のある街のミスドに行く。
寄席の掛け持ちなども多いいため、どうしてもつなぐ場所が必要になる。
上野、浅草のミスドにはよく行く。
きっかけはコーヒーのおかわり自由。
なんかゆっくりできるんです、ミスドは。
スタバのように気取らないところもいい。
浅草なんていいよ、下町のおばさんやお爺ちゃんがバイトの女の子と仲良し。

初めの頃はドーナツなんて食べたいとも思わなかったんだがいつのまにか好物になった。
以外と美味いんです、食べてみると。
寄席の合間、小腹がすいたときはこれが美味い。

ミスドでコーヒーとドーナツしながらボーっとしたりネタ考えたり。

お気に入りは、ハニーオールドファッション、ポンデアーモンド、カレードーナッツ。
甘い物好きじゃない人にはカレードーナッツはおすすめ。(要はカレーパンです)

(写真は最近お気に入りのポンデアーモンド)

 

■ながめ余興場
群馬県大間々町にある「ながめ余興場」は、紫文が愛してやまない劇場。
昭和12年開館、650人収容。
人力の廻り舞台(直径 約6.3m、現在は電動でも廻る)、花道、二段三層の桟敷席など備える。
感じとしては、歌舞伎座と末広亭の中間。

実に風情のある芝居小屋で暖かみのある館内の雰囲気は歌舞伎座、末広亭に勝ると思います。
紫文はどちらの劇場も仕事場、間違いありません。

ところがその良さ、というより存在さえ群馬県の人が知らない。
この芝居小屋がどんなに貴重な物なのか知らない。

こここそ、群馬県の重要文化財です。

もとより応援してくれている永六輔氏を初め、立川志の輔師匠、三遊亭好楽師匠なども自らこの小屋に上がりたいと独演会を開いている。
わかる人はわかるんです、ここのすばらしさを。

紫文も地元のボランティアグループ「ながめ黒子の会」(といっても紫文も会員の気持ち)と年に4回の定期演芸会「ながめ亭」を、秋には二つ目の若手噺家による「菊華寄席」(ヒト月に8回の公演)をプロデュースしている。

この小屋をこの小屋らしく使う、というかこの小屋に喜んでもらえるような公演をどんどんやってもらいたい。が、例えば芝居をするのにはそれなりの予算や用意が大変、そうそう出来る物じゃない。
(もとより予算がないとのことで、紫文のかかわる公演も芸人さん達に足代程度で来てもらっている。
でもみなさんこの小屋でやるのを楽しみにしてくれる。
だからそれで来てくれる)
そこへ行くと演芸なら芸人さえ来ればすぐ公演できる。
このながめ余興場のある大間々町は東武線で浅草と終点同士。
そういう縁からすれば、演芸で盛り上げるのが一番だと思っている。

「ながめ余興場」といえば「ああ、あの演芸やってる劇場だよね」と誰にでも知られるような劇場にしたいと大間々の人たちにも力説してます。

ぜったいそうしますよ、ぜったい!

紫文が惚れた「ながめ余興場」、群馬育ちの紫文としては群馬に恩返しするのはこのくらいだから…

 

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