2006年07月30日
オリオン座 06.07.29.

29,30日は地元高崎。
藤間蔦也師匠のリサイタルの地方(場所が高崎だからといって「ちほう」ではない「じかた」と読む。踊りのための演奏することを「地を弾く」などという。そして「地」を演奏する人たちを「地方」と呼ぶ)の仕事で高崎に。
しかも立三味線(ま、エライ立場なわけよ)。
荷が重いなあ…
29日が下浚い(いわゆるリハ)で30日が本番。
29日のリハの後、お世話になっている人達に逢えた。
普段地元に来てもいつも日帰り、逢いたくてもなかなか逢うことができない人が多いのでこういう仕事は実にいい。
夕方、閑散とした銀座通りで撮ったのが写真の映画館、オリオン座。
数年前に閉館になってしまっていたようだ。
良く見に来たよなあ。
今の紫文があるのはここのおかげなんだよな。
ありがとう…
次に来る頃にはなくなってるんだろうな…
投稿者 simon : 21:44 | コメント (2) | トラックバック
2006年07月07日
マッチ箱 06.07.06.
その「どじょう掬いセット」の上においてあったのが。この「マッチ箱」。
マッチ、近藤真彦のデビュー25周年記念で発売されたものらしいが、そんなこと知ってるの昔からのファンくらいだろうな。
ここに置いてあってもたそがれ感がただよう一品。
黄色い値札がまたそれを醸し出している。
29800円、いかにも売れてない感じがいい。
浅草には似合っているんだが、似合ってるようじゃホントに終わってるな…
投稿者 simon : 11:53 | コメント (1) | トラックバック
2006年01月29日
これがあれです! 06.01.28.

今日は藤沢で「新春落語鑑賞会」。
トリは小三治師匠。
前進座に引き続き昼夜とも紫文がヒザガワリをつとめさせて頂きました。
せっかく藤沢に来たので、あの悪名高いヒューザーが建てた耐震強度が0.15のマンション「グランドステージ藤沢」、さっそく見てきました。
落ちてゆく夕日を浴びている姿がやけに似合う。
黄昏時の黄昏マンション。
なにしろ夕暮れ時なのにマンションからは一つの明かりもこぼれて来ない。
(電線がいい脇役になっているかな…)
携帯なので画質はご容赦…
投稿者 simon : 02:21 | コメント (2) | トラックバック
2006年01月09日
松の外 06.01.07.

7日で松の内は終わり。
前の車が要らなくなった門松を運んでいた。
こんな立派な門松、どこの家、店に飾ってあったんだろう。
どこに持っていくんだろう。
どうなるんだろう。
なんかもったいないなあ
投稿者 simon : 01:34 | コメント (2) | トラックバック
2005年10月25日
喜多方(16日) 05.10.24.
喜多方で見かけた市内巡航の馬車。
いくらなんでもこれは悲しい…
投稿者 simon : 02:40 | コメント (0) | トラックバック
紫文、サンバに散る 05.10.24.
日曜(23日)は横浜のベイシェラトンでパーティーの仕事。
パーティーの余興には、派手なものに限る。
今日はサンバに完敗の紫文であった。
投稿者 simon : 01:17 | コメント (0) | トラックバック
2005年08月24日
みえねえよ その弐 05.08.23.

この前の写真が不評だったので普通に撮った写真を載せておきます。
この前は提灯をわざわざ狙って撮ってしまった、反省。
これでどのくらい目立たない、役に立たない提灯かわかるでしょう。
投稿者 simon : 01:31 | コメント (1) | トラックバック
2005年08月11日
関東と信越つなぐ高崎市 05.08.11.

高崎は、中仙道の拠点の一つ、上越・信越の分岐点、古くから交通の要衝、古い歴史と文化を持つ群馬県人の誇りの街だった。
どこの道にも人があふれていた。活きていた。
街の真ん中にあった伊勢丹までが姿を消し、その跡地はずっと駐車場のまま。
通りはこの写真のようなありさま、通る人は一人もいない。
街路灯がついているので見た目が救われているが多くの店先は閉じたまま。
紫文の生きてきた高崎は、そこにはない。
いつのまにか人のいないホコリの街になっていた。