2007年05月02日
今日は何の日ウフッフゥ~ 07.05.02.

今日は新橋演舞場へ芝居見物。
なにしろやってるもんが「鬼平犯科帳」!?
紫文はこれで食べてるようなもんだからね、しかも切りは常磐津「釣女」、紫文が出囃子に使ってるし!
紫文に縁のある、この二つが続いていること自体がすごい!?
これを見逃すわけにはいかないでしょ。
これだけで大、大、満足!言うこと無しの一日。
しかし、新橋のここ彼処に日の丸が掲げてあったんだけど今日5月2日は祭日じゃないと思うんだけど何故!?
投稿者 simon : 23:23 | コメント (1) | トラックバック
2007年04月29日
遅くなり… シモンの西遊記 07.04.14.

14日はマイミクの扇之介さんが呼んでくださっての会。
扇之介さんが能楽の関係のお仕事なのでそういう関係の人達が中心。
11日のマイミクのよちょーさんの会もよちょーさんが仕立屋さんなので着物に関係するお客様が中心。
う~ん考えるとどちらも怖い集まりだったなあ。
似せ者はすぐばれてしまうから。
着物着ている人多いしねえ…
だいたいこういう人ばかり集まらないよ他の場所では…
博多はあなどれない街ですよ、ハイ。
そんな中で、いやあ楽しい4日間でした。
よちょーさんありがとうございました!!
燕路師匠ありがとうございました!!
うまか庵のまま、ありがとうございました!!
扇之介さんありがとうございました!!
足を運んで頂いたみなさんありがとうございました!!
書きたいことたくさんありますが、まずはこの辺で…
また行きたい~!!
くせになりそうだなあ…
投稿者 simon : 23:35 | コメント (0) | トラックバック
2007年02月15日
グランプリ 07.02.11.
紫文のファンだということで先日知り合いになった作曲家の真島俊夫さんがなんかの賞をとったということで、そのに駆けつけた紫文。
行ってみてびっくり!
普通のホテルなどでやるようなパーティだとおもったらそうでない。
会場はちゃんと演奏、コンサートをするための舞台も客席もしつらえてある。
受賞したものもなんとかの会なんていうもんじゃなく、フランスの作曲コンクールでグランプリなんだそうである。
(真島さん、ってかっいい人だとは思っていたがこんなにすごい人とはしらなかった…)
そんな中で演芸をやらせてもらった。
30分やってください、という話をいただいた時は、どうせパーティじゃ聴いてくれないだろうと思っていたらあにはからんや、みなさんちゃんと聴いてくれた。
というより聴いてるときの集中力がすごい。
音楽のプロフェッショナルや関係者が集まっているだけある。
さすが文化レベルが高い。
そこへきて大受け!
いやあ、パーティでこんなにちゃんと聴いてもらってこんなに受けたのははじめてじゃないかな。
うれしいねえ。
紫文の後はビッグバンド、ビッグバンドのジャズ好きだからすご~く嬉しい。
自分が受けたのよりうれしい!
今時ビッグバンドなんてなかなか聴く機会無いものなあ…。
投稿者 simon : 02:59 | コメント (10) | トラックバック
2006年12月29日
打ち上げ 06.12.28.

26日から28日まであった新宿紀伊国屋ホールの催しの打ち上げに参加。
3日間で4公演なんだけど実はみんな別々の催し。
けれど4公演全てに永六輔さん、3公演に小沢昭一さんがからんでる。
紫文が出たのは恒例の「木村万里の人間交差点」。
打ち上げのメンバーがすごかった。
永さん小沢先生はともかく、北山修、小室等、中山千夏さんなどなど。
とくに北山修、小室等さんは、フォーク少年だった紫文にとってもう神様。
そういえばここ一週間で海援隊の千葉和臣さん、なぎら健壱さん、それに今日の北山修さん、小室等さん。
夢のような顔合わせ。
これはきっと今年頑張ったプレゼントに違いない。
写真の「信三郎帆布」のバッグ。
例の「一澤帆布」騒動で分かれた弟さんのブランド。
このブランドの文字、実は永さんの字だとか…
投稿者 simon : 23:15 | コメント (3) | トラックバック
2006年10月29日
旧海軍士官学校 06.10.23.

23日は朝から江田島の旧海軍の聖地、海軍士官学校。現在の海上自衛隊海上自衛隊幹部候補生学校の見学。
え、なんでこんなところに来たって?
今回の仕事をくれた才賀師匠は海上自衛隊出身。
といっても先代の桂文治師匠に入門を願いに行ったところ
「自衛隊に3年行ってから来い」
そんなわけで海上自衛隊に3年行ってきた、というわけ。
言う方も言う方だが行ってくるほうも行ってくる方。
実際3年後に文治師匠のところへいくと
「おまえさん誰だい?」
そりゃそうだよね、3年前に一度あっただけの入門志願者の顔覚えてないよなあ。
そうそう、昼頃にマジックの伊藤夢葉先生が江田島に。
これでやっと3人そろう。
投稿者 simon : 23:51 | コメント (3) | トラックバック
旧海軍士官学校 ソノ弐 06.10.23.

校舎の裏。
この校舎の正面の松はほとんどが直立。
普通の松のように幹が曲がっていない。
毎日「起立!」という号令を聞いて生きてきたため松もまっすぐに立っているのだそうである。
でも歴史があるという物はスゴイ。
空気も雰囲気も違う。
軍の施設であるという意見のわかれるものではあるが、本物しか持つこととしかない歴史の重みを感じることが出来る。
入るだけで感激する。ぞくっと体がふるえるし緊張する。
自然に目が潤んでしまう。
だから号令で松の木が真っ直ぐに立っていると聞いても
ふつうなら「オイオイほんとかよ~」、が「さもありなん」、と思ってしまう。
不思議である。
歴史が伝説を作るんだろう。
投稿者 simon : 23:49 | コメント (0) | トラックバック
旧海軍士官学校 ソノ四 06.10.24.

卒業式などが行われる講堂。
これ以外にも鹿鳴館と同じ頃の建物などをはじめ、歴史ある建物。
展示品、資料、などの数々。
展示品、資料は涙無くして見られないです。
生きることを改めて考えてしまう。
いけないいけない、ここにいると芸人やってられないな…
投稿者 simon : 23:33 | コメント (0) | トラックバック
旧海軍士官学校 ソノ五 06.10.24.

講堂の中。
あまりにも歴史ある物がそのまま残っているので
「ここは空襲はなかったのですか?」
聞くと
「はい。ここは米・英に並ぶ世界の三大海軍兵学校だったので敬意を表して空襲はありませんでした。占領され、ここを接収されても何も壊さなかったそうです。」
確かにそれだけのものだと思う。
でも米の空襲は一般の非戦闘員までを攻撃するという無差別攻撃、国際法違反。
最後は原爆だろう。
そこまでやっておいて兵学校には敬意を表するのか。
なに考えてるんだろうな米英は。
やはり理解できない人種である…
投稿者 simon : 23:31 | コメント (0) | トラックバック
2006年08月27日
笑いのハイスクール 06.08.26.
今日は北千住にて放送作家協会主催の「笑いのハイスクール」。
昼は小沢昭一さん、夜は永六輔さんが講師。
紫文は夜の部の出演。
写真は夜の部の客入れ前にもう実演付きでCDを売ろうと張り切るオオタスセリさん。
紫文が着くと昼の部を終わった小沢昭一さんが
「紫文さんを呼んでいますよ」
ということで小沢昭一さんのところへ。
なにかと思ったら、去年の末広亭出演の時のお礼をしていただいた。そして
「そんなことはどうでもいいんだ。それよりよろしく頼みますよ、音曲は紫文さんしかいないんだから。これを絶やさないでくださいよ、お願いしますよ」
というお言葉を頂戴した。
「でもボクは昔の形でやっていないので」といったのだがそれも承知の上での言葉。
紫文のやっていること、やろうとしていることをわかってくれていた。
音曲大好きな小沢昭一さんが
「あなたが継いでください」
です。
感激で言葉がありません…
投稿者 simon : 02:00 | コメント (5) | トラックバック
2006年07月28日
生命の神秘 その壱 06.07.27.

オオタスセリさんのライブ会場赤坂グラフティに三味線を置いて同じ赤坂にある新内の稽古場へ。
料亭の勝手口を見ると蝉の幼虫が、すこ~し、すこ~し、すこ~し、木戸を上がっていく。
すごく感動!
なんかとってもうれしくなった。
ゆっくりだが、確実に、しっかり上がっていく幼虫を眺めていた。
といっても新内の稽古は七時から。
遅れるわけにはいかないので羽化まで見たいものをあきらめて稽古場へ向かう、
20分ちかく見ていたかなあ…
投稿者 simon : 02:55 | コメント (1) | トラックバック
生命の神秘 その弐 06.07.27.

スセリさんのライブの後、車を取りに駐車場に戻った。
あの夕方に見たあの蝉はどうなったのかな、抜け殻でも残っているかな、
と料亭の前を通ったら
なんと~!羽化した蝉が~!!
抜け殻とともにいるではないか!!!
感動しちゃったよ…
時間はもう11時をとうに廻っている。
投稿者 simon : 02:48 | コメント (2) | トラックバック
2006年01月04日
感激! 05.01.02.
上野鈴本の出番に間に合わなかった。
正月二日目にてもうしくじり。
お席亭にお詫びに伺って楽屋に戻ると、
「今、お席亭から連絡があって紫文師匠に上がってもらいたいとのことです」
と立前座の小○○さん。
といっても番組は伸びているし、時間があまり無い。
どういう形にしようかと、考えていると小三治師匠が
「新内流しをしながら出て引っ込むだけ、ってのが面白いんじゃないか。何にもしゃべらないで。しゃべっちゃあいけない」
どうしたらいいか悩んでいるのわかっている、それを考えていてくれている。
流しの三味線の音を軽く出すと、
「いいねえ、新内流しは。雰囲気があるね。火の用~心~なんて声入れたらどうだい、鐘がゴーンとか」
と扇橋師匠。
すると、自分の出番を終わった小猫師匠が、
「じゃあ、僕が虫の声でも入れようか」
ってこと(途中かなり省略…)で紫文と小猫師匠のコラボレーション。
アクシデントとしても、正月早々の遅刻して紫文がへこんでいるの楽屋の皆が気に掛けてくれている。
ほんと嬉しい。
出囃子が鳴る。
適当なところで止めてもらう。
お客から見えない楽屋袖から新内流しを弾き始める。
紫文がゆっくり歩き始める。
新内流しの姿に大きな拍手。
拍手が消えるの見計らって小猫師匠がやはり楽屋袖から虫の声。
粋な空気が場内にあふれて、お客が聞きいりはじめた。
そこへハデな(黄色!)ジャケットを着た小猫師匠が紫文の後について高座へ。
場内爆笑!
ぜんぜん釣り合いのとれない二人組がまじめな顔をして高座をたんたんと歩く。
あまりにバカバカしいので紫文は笑いをこらえるのが大変。
お客は高座で二人一緒に何かやるのかと思っていたのだろう、が何もせずに中央にあるマイクを二人が通りすぎるとまた爆笑。
そのまま下手に入ると、背中に笑いが迫ってきた。
楽屋に戻ると小三治師匠が
「面白かった…」
扇橋師匠が
「よかったよ~」
もちろん小袁治師匠らその場にいた先輩達も…
ああ、よかった~。生き返った。
正月早々のしくじりのまま帰ったら、ほんとへこんでいたもの。
お席亭、小三治師匠、ご一緒してくれた小猫師匠、そしてその場にいた先輩の皆様ありがとうございました。
大、大感謝!
お客に喜ばれるのも嬉しいけれど、また格別の「嬉しい!」。
しかし通りすぎるだけで受けるってのは名人の伝説の高座だけ。
名人じゃないが同じようなことやって受けたのも格別に嬉しい!
自分にとっての伝説かな。
とにかく芸人やっててよかった~!
写真:柳家小袁治師匠
投稿者 simon : 00:36 | コメント (7) | トラックバック
2005年10月20日
盛岡(13日) 05.10.19.

映画館通りとあったので行ってみた。
なんと数百メートルのところになんと十数軒の映画館が!
14日からはミステリー映画祭が行われるとのこと。
そういえば京極夏彦のイラスト展もやってたし。
映画館がたくさんある、つまりここは繁華街。
路地を入るとなんとあの、ロンドンが!
東京では見かけなくなったあの、♪愉快なロンドン楽しいロンドンが、あの当時のままの看板で残っていました!
良い街だでしょ!?
投稿者 simon : 01:47 | コメント (0) | トラックバック
2005年09月04日
不惜身命 05.09.04.

己の命を惜しまず、仏道のために尽くすこと。
貴乃花の言葉で有名になったこの言葉。
鈴本からの帰り、高円寺駅で前を歩いていた女性が持っていた竹刀の袋に書いてあった。
けれど本当はこ言葉が問題なのではない。
実はその下に書いてある名前。
それがが目に飛び込んできた。
もうびっくりしてしまって、思わず声を掛けた。
「すみません、それ写真に撮らせてください!」
なんて書いてあるか、わかる人いるかな…
答えは「柳家小さん」
遠くから見ただけで「不惜身命」という大きな字より目立っていた。
小さん師匠といえば北辰一刀流の七段。
それにしても若い女性の竹刀の袋にも名前が残っているいるなんて。
幸せだよなあ…
嬉しいだろうねえ、きっと。
小さん師匠が亡くなったときに某師匠。
「剣道七段っていうけど、死んだら軍隊みたいに昇進したりしないのかな。名誉八段とか」
「いや小さん師匠は、軍隊行ったから九段(靖国神社)じゃないですか」と紫文。
投稿者 simon : 02:21 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月19日
祇園祭 京都(あたりまえ…)7月15日
月鉾の軒下。
このウサギは、何と左甚五郎作。
そして屋根裏の花の図は、円山応挙作。
そのほかにも円山応挙の下絵の前懸、胴懸もあるらしい。
前日知らないで見た白楽天山の胴懸は、あとで聞いたらなんとトロイの陥落を描いた16世紀の毛氈だというし、函谷鉾の前懸も旧約聖書創世記の場面を描いた16世紀の毛氈だという。
(「16世紀のものが多いのは応仁の乱で良いものが焼けてしまったから」と紫文は推測)
ちゃんと見ておけば良かった~。
やはり京都はすごいな。
投稿者 simon : 02:08 | コメント (2) | トラックバック
2005年07月17日
お初天神 大阪7月13日
ほんとは「露天神社」というらしい。
元禄時代、醤油屋の手代徳兵衛が遊女のお初と曾根崎露天神社の天神の森で心中した。
その事件をモチーフに近松門左衛門が書いた大傑作の浄瑠璃が「曽根崎心中」。
浄瑠璃の三味線をかじった紫文としては、素通りできません。
この曾根崎でのライブが上手くいくように、お頼みしてきました。
投稿者 simon : 02:23 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月22日
小沢昭一先生
新宿末広亭の看板に小沢昭一先生の名が!
当たり前だけど、もちろん紫文の名前も書いてあります!
とにかく感激です。
紫文は中2のときから病気でほんとんど学校に通えなかった。
入院ばかりしていて学校に行けなかったそんな紫文にとっての先生はラジオ。
毒蝮三太夫、永六輔、小沢昭一、若山弦三氏らの放送を毎日ベッドの上で聴いていたのが紫文の青春。
そのなかでも永六輔、小沢昭一氏は本当に人生の師みたいなもの。
今まで全然縁がなかったのに、先日、土曜ワイドで永六輔先生の番組に出して頂き、今度は小沢昭一先生。
んんんこれって、人生の急展開かなあ~。
勝手に自分の先生と思っている小沢昭一先生と同じ芝居の高座に上がれるなんて紫文はエライのこころだ~!