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2006年10月31日
江田島 蛇足 06.10.31.
以前話題になったあの小林旭がギターを弾くときに足をかける港の「アレ」、海軍では「クリート」と呼ぶそうです!
投稿者 simon : 01:18 | コメント (2) | トラックバック
2006年10月30日
柳家紫朝の会 06.10.25.
今日は年に一度の師匠紫朝の会。
紫文は師匠の新内の三味線を弾く大役。
今日の紫朝はここ十年で一番良い出来だったのじゃないかと思えるくらいの充実した内容だった。
他の出演の師匠方、そしてお客様ありがとうございました。
会自体は最高のフィナーレでしたが紫文は違いました。
楽屋いりの時間は10時半、しかし11時すぎているのに紫文は豊橋、新幹線の車中。
人身事故、飛び込みで東海道新幹線は全線不通中。
復旧見込み無し…。
広島を6時に出て10時8分に東京に着く予定だった。
8時半前に起きた事故でこの豊橋駅に止まったのが8時45分。
出番は1時50分。
全線再開のアナウンスで走り出したのが11時40分。
ところどころ止まったり徐行しながらの走行、思ったより順調に走ったが、品川駅前で止まる。
「やはり…」
路線上にいた全車両が東京に向かったため東京駅のホームに入れず手前で順番待ち。
予想していたので品川駅下車。
山手線で有楽町。
そこからタクシーで国立演芸場へ。
三味線を用意、紋付き袴に着替え高座へ。
落ち着こうとしても神経が変にピリピリになって落ち着かない。
今日の師匠の語りの出来は最高の出来だったのに最後までバチが落ち着かずくやしい高座だった。
せっかく呉のカラオケでも稽古していたのにさ…
大阪、京都から来た紫文のお客さんもこの事故に巻き込まれて師匠の最後の粋曲しか見られなかった。
紫文もくやしかったけど、良い舞台だったから残念だったよね、ごめんなさい。
有楽町駅に着いたのが12時50分過ぎ。
広島から6時間50分を超えるイライラの新幹線の旅、とおもってハッと気づいた。
先日の名古屋行き、
東京から名古屋到着まで約4時間の予定が6時間55分。
今回も
広島から東京まで約4時間の予定が6時間50分超!
渋滞にはまっていた時間が3時間弱。
今回もほぼ同じ!
しかも渋滞がはじまったところが豊川インターチェンジをすぎたところから見合パーキングエリア。
事故の放送があって停車するまでの間が東名と新幹線とほぼ同じ地点!
んんん、もしかしてこの地点、紫文にとって鬼門!?
そういえば前日呉から広島へ移動するとき電車にイノシシが激突して電車止まってたんだ。
二日続けての飛び込みもめずらしい…
しかし新幹線に飛び込んだのはJR東海職員とのこと。
よほどJR東海に恨みがあったのだろうと勝手に推測するが、JR東海はともかくなんの罪もない乗客に迷惑掛けること自体職員失格じゃないかよ、と勝手に推測。
投稿者 simon : 14:17 | コメント (3) | トラックバック
呉の町 カラオケ 06.10.24.
呉のカラオケ屋は早い。
なんと昼の11時くらいから営業している。
新宿や池袋あたり、チェーン店でも12時、早くて11時くらい。
店によっては5時始まりのところもある。
それがこの小さな街呉のカラオケ屋はみな11時始まり。
それだけでない。
カラオケ屋でもないスナックが午前中からカラオケの営業しているところが何軒もあった。
呉の人はカラオケ好き!?
それともほかにやることない?
今日の演芸会は7時開演。
昨日の昼に着いた夢葉先生は一日半観光三昧。
「先生、昨日江田島で見た『天気晴朗なれど波高し』って言葉ですけど、
『天気晴朗なれどマギー隆司』ってどうですかねえ?」
投稿者 simon : 13:32 | コメント (0) | トラックバック
呉の町 バイク屋? 06.10.24.
店の上のテントにはSUZUKI・HONDA・YAMAHAの名前が。
もちろん店にはSUZUKI ・HONDA・YAMAHAのバイク、いや自転車が、いっぱい…、ない。
テントの横には小さくフジサイクルと書いてはあるが…。
表に並んでいる自転車は、東京で7980~9800円くらいのものなのでフジサイクルというより峨眉山自転車のようである。
投稿者 simon : 13:16 | コメント (0) | トラックバック
呉の町 大和 06.10.24.

呉の町は大和ミュージアムが出来て以来、どこへいっても大和、大和。
もともと横須賀と並ぶ軍港であるにせよ、ここまで大和大和はないだろうな、と思う。
才賀師匠に
「どちらかっていうと、呉で戦艦と言えば大和でなく、爆沈した陸奥ですよね」
というと
「そうだね、暮れ六ツっていうからね」
投稿者 simon : 00:52 | コメント (0) | トラックバック
2006年10月29日
旧海軍士官学校 06.10.23.

23日は朝から江田島の旧海軍の聖地、海軍士官学校。現在の海上自衛隊海上自衛隊幹部候補生学校の見学。
え、なんでこんなところに来たって?
今回の仕事をくれた才賀師匠は海上自衛隊出身。
といっても先代の桂文治師匠に入門を願いに行ったところ
「自衛隊に3年行ってから来い」
そんなわけで海上自衛隊に3年行ってきた、というわけ。
言う方も言う方だが行ってくるほうも行ってくる方。
実際3年後に文治師匠のところへいくと
「おまえさん誰だい?」
そりゃそうだよね、3年前に一度あっただけの入門志願者の顔覚えてないよなあ。
そうそう、昼頃にマジックの伊藤夢葉先生が江田島に。
これでやっと3人そろう。
投稿者 simon : 23:51 | コメント (3) | トラックバック
旧海軍士官学校 ソノ弐 06.10.23.

校舎の裏。
この校舎の正面の松はほとんどが直立。
普通の松のように幹が曲がっていない。
毎日「起立!」という号令を聞いて生きてきたため松もまっすぐに立っているのだそうである。
でも歴史があるという物はスゴイ。
空気も雰囲気も違う。
軍の施設であるという意見のわかれるものではあるが、本物しか持つこととしかない歴史の重みを感じることが出来る。
入るだけで感激する。ぞくっと体がふるえるし緊張する。
自然に目が潤んでしまう。
だから号令で松の木が真っ直ぐに立っていると聞いても
ふつうなら「オイオイほんとかよ~」、が「さもありなん」、と思ってしまう。
不思議である。
歴史が伝説を作るんだろう。
投稿者 simon : 23:49 | コメント (0) | トラックバック
旧海軍士官学校 ソノ三 06.10.23.

♪貴様と俺とは同期の桜、の歌は好きだろうが嫌いだろう誰でも知っているはず。
その「同期の桜」がこの桜なんだそうである。
「同期の桜」という桜が本当にあるとは知らなかった。
兵学校の同期同士を同期の桜というのだと思っていた。
たしかに「兵学校の庭に」あった…。
投稿者 simon : 23:42 | コメント (0) | トラックバック
旧海軍士官学校 ソノ四 06.10.24.

卒業式などが行われる講堂。
これ以外にも鹿鳴館と同じ頃の建物などをはじめ、歴史ある建物。
展示品、資料、などの数々。
展示品、資料は涙無くして見られないです。
生きることを改めて考えてしまう。
いけないいけない、ここにいると芸人やってられないな…
投稿者 simon : 23:33 | コメント (0) | トラックバック
旧海軍士官学校 ソノ五 06.10.24.

講堂の中。
あまりにも歴史ある物がそのまま残っているので
「ここは空襲はなかったのですか?」
聞くと
「はい。ここは米・英に並ぶ世界の三大海軍兵学校だったので敬意を表して空襲はありませんでした。占領され、ここを接収されても何も壊さなかったそうです。」
確かにそれだけのものだと思う。
でも米の空襲は一般の非戦闘員までを攻撃するという無差別攻撃、国際法違反。
最後は原爆だろう。
そこまでやっておいて兵学校には敬意を表するのか。
なに考えてるんだろうな米英は。
やはり理解できない人種である…
投稿者 simon : 23:31 | コメント (0) | トラックバック
旧海軍士官学校 ソノ六 06.10.24.
学生の部屋を撮影させてもらった。
ベッドメイキングはもちろん各自責任をもってやることだが、どの部屋も全部このベッドと同じ。
シーツの折り目は45度。毛布のたたみ方もこの通り。
んんん、気持ちいい。
紫文にはまず出来ない、降参です。
投稿者 simon : 23:19 | コメント (0) | トラックバック
大和ミュージアム 06.10.23.

大和の十分の一の模型。
でかいといってもやぱり模型は模型。
雰囲気でてない。
現物大の船首の模型とか、主砲の模型のほうがよかったのでは…
でも大和の模型うんぬんよりも、その他の展示の数々、勉強になりました。
歴史に敬意を、そして黙祷…。
投稿者 simon : 00:31 | コメント (0) | トラックバック
大和ミュージアム その二 06.10.23.

次に展示するための退役した潜水艦。
ミュージアムの向かいに置いてある。
でかい!!!!
よく考えると潜水艦ってもぐってるからみんな全体みたことないんだよね。
やっぱ模型と本物は違うね。
ま、本物の大和はこの潜水艦のまた倍以上の大きさなんだけど…
投稿者 simon : 00:26 | コメント (1) | トラックバック
2006年10月28日
千福 06.10.22.

呉での仕事はまず酒蔵「千福」。
あの「♪千福一杯いかがです♪」の千福です。
千福は海軍の御用酒として全国に名をしらしめた。
南洋に航海に行っても、他の酒はくさっても千福だけはくさらなかったというので正式採用になったそうである。
実はこのこと、以前から聞いて知っていた。
以前紫文の知り合いだった千福の親戚の方がいたのである。
まさかその千福に仕事で来るとは思わなかった。
不思議な縁である。
高座で早速この縁について話をした。
「その親戚の方は、実は保存料がたくさん入っていたからなんだよ。と言っていました。」
と紫文が話をしても若社長は大笑いをしていた。
ま、ほんとは違う理由らしいが太っ腹である。
才賀師匠との二回公演はどちらも大受け。
来年から定期的に寄席を開催することに決定!
そうそう、新幹線で一人乗り込んだ紫文。
不安ながらもどこからか合流すると思い新神戸を超えてから才賀師匠に電話。
(10時近くになったし、途中から乗り込むなら名古屋、京都、新大阪、新神戸しかないだろうと…)
するとでた!
「才賀です。15号車です」
やはり途中からの合流。
よかった~、東京出発のとき全指定席見て回ったときいなかったものなあ…
でももう一人は?
投稿者 simon : 23:55 | コメント (2) | トラックバック
千福 その二 06.10.22.
酒造場入り口にある呉宝橋。
呉の宝の橋というたいそうな名前がついているこの橋の欄干は、徳利と杯の形を模している。
そうそう昔の徳利はこの橋のように開口部が開いていない。
注ぎ口が開いている今の徳利は戦後のもの。
だから時代劇にでてくるのは変。
それに徳利は徳利で、銚子ではないので「お銚子一本!」などというのも変。
投稿者 simon : 23:45 | コメント (0) | トラックバック
千福 その三 06.10.22.
さすが酒蔵、消毒もアルコール消毒。
アルコールの度数は何度くらいなのかな。
投稿者 simon : 23:36 | コメント (1) | トラックバック
東京→広島 06.10.22.

「まくら投げをしたことしか覚えていない人へ」
「いいコピーだなあ」と、同乗の才賀師匠も。
広島から呉への車中で。
朝6時台の新幹線で広島へ。
一人じゃないわけなのに才賀師匠をはじめ他のメンバーが東京駅のホームにはだれもいない。
もしかしてしくじった!?
こんな朝早く確認の電話できないし…
と不安になる。
とにかく一人で、いざ広島へ。
いやな予感のする出発であった。
投稿者 simon : 00:26 | コメント (3) | トラックバック
2006年10月27日
東京の酒蔵 06.10.21.

敬老会の仕事で秋川へ。
道沿いに何軒か酒蔵があった。
これは会場のすぐ横にあった「喜正」(野崎酒造)。
鑑評会で金賞受賞らしいが、んんん知らないぞ~。
せっかく東京にもこんな蔵があるのだから情報ほしいよな。
http://www.kisho-sake.jp/
投稿者 simon : 11:54 | コメント (0) | トラックバック
東京の酒蔵 その二 06.10.21.

見てのとおり「千代鶴」の中村酒造、車で赤信号中に撮影、ったってやっぱり知らないよなあ~。
旨いかまずいかはともかく呑んでみたい。
http://www.chiyotsuru.com/
投稿者 simon : 11:48 | コメント (1) | トラックバック
出前 06.10.21.
いつからファミレスは出前するようになったんだ?
投稿者 simon : 11:42 | コメント (1) | トラックバック
繁昌亭 大入り 06.10.17.
開場以来、毎日大入り。
この記録をだれが止めるかが楽屋の話題になっている。
ずっと続いてほしいものだが…
投稿者 simon : 01:28 | コメント (2) | トラックバック
繁昌亭 その一 06.10.17.

大阪の繁昌亭の「定席」に出演。
「定席」ではなんと東京の芸人として初の出演!
とうとう歴史に名を刻みました…
そうそうHさんお花ありがとう~!
投稿者 simon : 01:20 | コメント (0) | トラックバック
繁昌亭 その二 06.10.17.

客席から見た高座。
上の方に見える白い提灯には建設資金を寄付してくれた人達の名前が入っている。
でもすごいねえ、落語協会が自前の寄席をもっているんだから。
投稿者 simon : 01:16 | コメント (1) | トラックバック
繁昌亭 その三 06.10.17.

高座から客席を見る。
高座と一番前の客席の高さの差は浅草演芸ホールくらい。
ただ話す場所が、浅草より少し近い、という感じ。
投稿者 simon : 01:13 | コメント (2) | トラックバック
天神橋商店街 06.10.17.
天神橋商店街も繁昌亭一色。
この商店街は日本一長い商店街といわれたがたしかに長い。
大阪の下町らしいなんとも言えぬ商店街。
面白かったが端から端まで歩けなかったこともあり、くわしい探索は次の機会にしておこう(ってまた出るつもりかよ…)。
投稿者 simon : 01:06 | コメント (0) | トラックバック
いる場所がない… 06.10.17.
清水のライブを終えて翌日早朝に大阪へ。
ツアーの最後は大阪の「繁昌亭」である。
東名の集中工事のため時間が計算できないため車は清水に置いたまま電車で大阪へ。
めんどくさいが仕方ない…。
とにかく清水から東海道線で静岡、静岡から新幹線で大阪へ。
清水で新幹線のチケットを買おうと思ったら乗ろうと思った新幹線の指定はほとんど満席。
この時間はこんなに混んでるのだろうかと思ったら静岡で納得。
ホームは女子中学生が占拠していた…。
ホームにいること自体が犯罪のような気がした。
「写真を撮ってるけどおじさんは植草教授じゃないからね~」と心の中で叫んでいた紫文であった。
投稿者 simon : 00:44 | コメント (2) | トラックバック
ウンがつく!? 06.10.16.
宇治でライブを無事?終えて今日の会場の清水へ出発。
朝からバキュームカーなどという懐かしい物と匂いを発見。
さすが宇治は古い町である。
西●電車は黄色い車体で、都内の排泄物を埼玉へ運んだのでお汚い電車といわれていたの思い出した。
投稿者 simon : 00:29 | コメント (3) | トラックバック
2006年10月22日
江戸名物柳家紫文 06.10.15.

15日は宇治県(あがた)神社の書院での紫文の一人ライブ。
これも朝日新聞に取り上げられていたイベントで、
江戸名物と謳われたからかこちらも超満員。
「江戸名物」を見ようと言うお客さんのまなざしがあまりにも真剣なのでちょっととまどってしまった感があったが、とにかくめでたしめでたしでおわりました。
この会場の県神社は、平等院の裏手にある。
そう大きな神社ではないが、社殿の軒などが苔むしていて実に趣がある社である。
写真の龍の彫り物もなかなかどうして、の物。
とても気に入ったので思わず一枚!
投稿者 simon : 00:51 | コメント (0) | トラックバック
平等院 06.10.15.

宇治と言ったら十円玉の裏側で有名な平等院の鳳凰堂。
やっぱりなかなかすごいもの、見る価値大あり!
投稿者 simon : 00:46 | コメント (2) | トラックバック
艶芸サロン 06.10.14.

今回の関西ツアーのメインイベント、TORII HALLでの桂米左師匠との二人会。
このメインイベントの中のメインイベントが米左師との「邦楽セッション」。
事前に朝日新聞に取り上げられていたのでTORII HALLは超満員!
噺家であり鳴り物のプロとしての肩書きを持っている米左師との三味線VS鼓、打ち合わせ無しのガチンコ対決。
進行役の吉坊さんだけでなく下座の大川さんまでかり出して爆笑につづ爆笑、満席の会場も異様なくらいの大盛り上がりの一時間。
時間の制限がなければどこまでも続きそうな高座でした。
いや~、ホント面白かった!!!
やっててこんなに楽しい会はなかなかありません。
米左師匠、吉坊さん、大川さんありがとう!
それに色々と尽力してくれたSさん他のみなさんありがとうございました!
そうそう米左師匠とのこのセッッション是非どなたか買ってください!!
絶対面白いですよ~!
なにしろ落語に三味線漫談と、面白~い邦楽セッションのセット。
他では絶対まねできません!
投稿者 simon : 00:18 | コメント (3) | トラックバック
2006年10月20日
大阪初高座 06.10.14.
13日の豊田佐助邸のライブの後、そのまま大阪入り。
14日、昼は大阪の老舗地域寄席の「田辺寄席」に飛び入り出演。
サプライズということだったのに写真のように紫文の名入りの看板までできていた。
やっぱりうれしい。
会場は150はゆうに超すというお客様。
先日400回を数えた老舗寄席なのに熱気もすごい。
大阪での初高座は大受け、さい先良いスタートでした。
投稿者 simon : 13:18 | コメント (5) | トラックバック
豊田佐助邸 06.10.13.
13日のライブは、豊田佐助邸。
あの豊田佐吉の弟さんの屋敷。
この洋風の建物の左横にそのまま日本家屋が合体している。
和洋折衷というより和洋合体。
良い日和で縁側で庭を見ながら日向ぼっこ。
身も心もホッとするね。
けれどこの健康的な雰囲気と紫文の芸が一致、しない…
投稿者 simon : 13:10 | コメント (3) | トラックバック
豊田式 06.10.13.
なんとトヨタがステレオを作っていた!
知ってました?
驚きです。
そういえば昔、うちにビクターのエレキギターがあったけどそんな感じだな。
投稿者 simon : 13:08 | コメント (2) | トラックバック
川上貞奴邸 06.10.13.
豊田佐助邸の近くにある川上貞奴邸、といっても復元だけど。
芸人らしいというか、名古屋らしいというか、という建物…
投稿者 simon : 13:05 | コメント (1) | トラックバック
お屋敷町 06.10.13.
この豊田佐助邸がある主税町(ちからちょう、名前がいいね大石主税の主税だよ)はお屋敷町。
大きな庭をもった立派なお屋敷ばかり。
時代が時代なのでマンションもあるが、それもみなこんな感じ。
マンションだから和風にすることもなかろうが、気持ちはわかる。
家主が金持ちだからこういうことができるんだろうな。
そうそう隣町の名は撞木町、いいねえ「関の扉」だよ。
投稿者 simon : 13:00 | コメント (0) | トラックバック
名古屋式 06.10.13.
12日はウィルあいち、13日は豊田佐助邸での名古屋ライブ。
街にでてみるとビルの前にデカイ観覧車が!
ふつうはありえないよな、これは。
おいおい繁華街だからねえ。
昔はデパートの屋上にあったけどさ。
だれが乗るんだよ、これ。
これは名古屋式の余裕かな…
投稿者 simon : 12:53 | コメント (2) | トラックバック
3番休憩中 06.10.12.

渋滞中に撮った写真。
少しは癒されないとなあ…
しかし高い高速料金とっておいて一時間に3キロしかすすまないってのはなんだかなあ。
4
「高速」にお金を払ってるのだからある一定のスピード以下でしか走れないのだったら払い戻しとか料金半額にするとかしてほしいよな。
電車だって動いてなければ払い戻しするんだから。
投稿者 simon : 12:25 | コメント (1) | トラックバック
2006年10月19日
渋滞中 06.10.12.
関西ツアー初日、東名で名古屋に向かう途中の音羽蒲郡あたりの渋滞。
20日まで東名が集中工事をしていることを知らずこんなことに…
写真の車間の狭さが全然動いていないことを物語っている。
じっさいここら辺は一時間で3キロしか進まなかった。
開演時間に間に合わないのではととにかくあせった。
浜松辺りのの渋滞情報では岡崎まで二時間以上だったが、実際にかかったのは三時間。
結局、東京10時20分にでて公演場所名古屋の会場に着いたのは5時15分、実際道具を会場に運び、楽器、音響の用意、着替えなど準備が終えたのは開演時間を少しすぎた時。
休む間もなく開演しても7時10分でした。
気持ちも落ち着かないままの舞台、大変でした。
これからを暗示するような恐ろしい初日…。
(ちなみにこの写真はバックミラーを通して撮ったもの)
投稿者 simon : 00:37 | コメント (5) | トラックバック
2006年10月11日
末広湯 06.10.09.
今日は葛飾区の銭湯を二軒廻って、そのあと新宿末広亭。
銭湯を二軒廻ると言っても番台に上がれるというような楽しい仕事ではなし。
午前中から一時間、無理矢理紫文の三味線を聴かせてしまおうという強引な企画(^_^)。
だって午前のさわやかな光のなかで三味線ってのは…、なんか似合わない。
あんまり健康的な楽器じゃ無いものねえ。
はじめに来たのがこの末広湯。
すると今日は葛飾の末広に始まり新宿の末広に終わるわけだ。
(そういえば葛飾区にも新宿があった様な気がするが…)
この末広湯、なかなかきれいでおしゃれな銭湯でした。
良いお客さんでよく笑っていただいたので良しととしよう…。
投稿者 simon : 02:15 | コメント (4) | トラックバック
あたみ湯 06.10.09.
二軒目に行ったのが「あたみ湯」。
写真は、ここの脱衣所に貼ってあった「東京都公衆浴場業生活衛生同業組合」のポスター。
う~ん、なんと言っていいのか…。
だれがこの絵を選んだのだろう?
紫文にはわからない…
大好きな銭湯に来るのが嫌になってしまうようなポスター、というところか。
あたみ湯さんにはなんの罪も無いのだが…
ここのお風呂は変わっていて真ん中に湯船。
つまり三方がカラン。
なんかとてもいい感じ。
背景の絵も富士山でなくて欧風のタイル絵。
ま、外見は普通の古い銭湯なのだが…
こちらは、お客は少なかったけど三味線が好き、という感じのお客さんで、良く聴いてくれるので助かった。
投稿者 simon : 02:07 | コメント (0) | トラックバック
2006年10月08日
この絵は… 06.10.07.
ファミマーに置いてあった雨の日用の看板(でいいのか)。
この絵を見ていると、左右同じじゃない靴とか、雰囲気がなんか紙切りの様な気がする、のは紫文だけ?
投稿者 simon : 01:59 | コメント (5) | トラックバック
2006年10月07日
わたしのきぼう 06.10.06.
「みどりがいっぱいある みちになるといいなあ わたしのきぼう」
「みどりがいっぱいある みちになるといいなあ」だけでそれが一つの望みであることがわかる。
故に標語としては「わたしのきぼう」はじゃま。
それにじつに間抜けである。
まあ間抜けな標語だけど、じつは、紫文はその間抜けさが好き。
でも警察とか公安委員会とかがそれを狙って選んだとは思えないけどね。
みどりが、たくさん、ある、 みちに、なることを、 きぼう、します…
投稿者 simon : 02:56 | コメント (1) | トラックバック
閲覧用の新聞 06.10.05.
高崎ビューホテルのロビーにあった新聞。
喫茶店やら、食堂やら、お客用に新聞を置いてあるところはたくさんある。
そしてその新聞の大半がご存じのようにホチキスで留めてある。
が、ここの新聞はそれだけでなく真ん中がカットしてある。
ちょうど折り曲げるところだから、そこがカットしてあれば開いたり閉めたりするたびにかかる力がかからない。
つまりきれいなまでいる、というわけ。
ま、わけなんだが、こんなことしてあるの初めてみた。
ほかにもやってるところあるんでしょうか?
ここだけのアイデアなのかなあ…
投稿者 simon : 02:47 | コメント (0) | トラックバック
2006年10月04日
朝日新聞夕刊 06.10.03.

10月3日付けの朝日新聞の夕刊に紫文の記事が載った。
といっても今回の京、大坂の公演にあったっての記事で近畿圏版。
ま、この内容は「Simon's News」にもアップしたが、こちらはそれ以外の話。
実は紫文の上の写真、柳家三亀松師匠なのです。
柳家三亀松といっても、今は知らないかたも多いと思いますが、音曲で一斉を風靡した唯一希有な芸人で音曲というと必ず出てくる名前です。
その記事は週一の米朝師匠の連載コラム「口まかせ」で、ちょうど三亀松師匠についての話の回に紫文の記事がバッティング。
こういうのはすごく嬉しい。
投稿者 simon : 09:54 | コメント (3) | トラックバック
2006年10月03日
浅草芸人、って? 06.10.02.
浅草演芸ホール裏の喫茶「ブロンディ」。
そのブロンディハは、以前から「浅草芸人御用達の店」という看板をだしている。
でも、そもそも浅草芸人っていったいだれ?だれら?
落語協会の芸人でいってるという人を聞いたことがないし、それ以前に客そのものがあまりいない。
どんな芸人がいっているのかは興味があるが…、いってないだろうな、芸人。
だいいち、ふつうはこんなこと書かないよな。
芸人が来てるってことで、それを目当ての客に来られたら、芸人来なくなるよなあ。
落ち着いてお茶出来ないもの。
そのブロンディの「浅草芸人御用達の店」の看板が最近きれいになった。
といってもKEYコーヒーからもらったもだろうけどさあ。
目の前が、開通したばかりのつくばエクスプレスの浅草駅。
できたばかりの駅の前で、田舎からでてくる客を目当てに、看板を新調したと紫文はにらんだ…
かわいそうだねえ、茨城の人達…